真言宗智山派恵心院

京都府宇治市宇治山田67
TEL 0774−21−3942

 当院は「真言宗智山派」に属する宇治古刹「朝日山恵心院」であります。
 九世紀初期(平安時代)すなわち第五十二代、嵯峨天皇の弘仁十三年(西暦822年)弘法大師(空海)の開基であります。
 此の場所が、嘗て大師入唐の際、学びし唐の青龍寺の地形(裏に山丘、前に大河あり)に似たるを以って『龍泉寺』と称されたのであります。その後、種々の戦火にあい、堂宇破却したるを、寛弘二年(西暦一〇〇五年)比叡山横川の恵心僧都(源信)によって再興され、寺号を「朝日山恵心院」と改め称されたのであります。
 江戸時代に入って、淀藩主永井氏の庇護を受けて伽藍の整備がなされたが、数度の兵乱にかかり破却衰滅していたが真言宗の一沙門によって中興され、現在まで法灯を守護している。
 天正十七年(西暦一五八九年)豊臣秀吉公、並びに徳川家康公より三十石の御朱印を給わり、堂塔完備境内荘嚴を極め、当地方に於ける真言宗の大道場として繁栄したが、今は僅かに永禄二年(西暦一五五九年)造営の本堂及び楼門を残すのみとなりました。
(以上の文は恵心院発行の「恵心院由緒」より写させていただきました)
(上の写真は恵心院本堂)



 宇治茶で有名な宇治は、藤原氏の別荘地として早くから拓け、源氏物語の舞台になっていることでもよく知られています。また交通の要衝という性格から、宇治橋付近は何度も戦があったところです。宇治橋から上流は、山に挟まれた間を宇治川が流れ墨絵を見るような美しい眺めです。「歴史街道」宇治に美しい写真が掲載されてます)
 宇治橋から川の右岸の道を上流の方へ歩いて行きますと、宇治橋断碑のある橋寺、正覚院と真言宗寺院が続きます。さらに先へ行きますと、宇治神社の鳥居の前を通過したところに恵心院はあります。少し奥まっていますので、寺の下の朝日焼の窯元を目印に歩かれるのがよいでしょう。楼門を入ると左手の方に本堂があります。写真では判りにくいのですが、この本堂は正面が左に寄った珍しい形式の建物です。ここの本尊様は十一面観音菩薩で宇治市の指定文化財になっています。このお堂には他に大日如来、虚空蔵菩薩、五大明王、歓喜天、弘法大師像などがお祀りされており、昔は大道場であった面影がうかがえます。またあまり知られていませんが、ここ恵心院は作家稲垣足穂の下宿していた処で、氏愛用の机などが残されています。また境内では季節ごとに水仙、桜(珍しい種類もある)、石楠花、くちなし、紫陽花、蓮、萩、山吹、等々の花が咲き、花の寺とも呼ばれています。

(下の写真は本尊十一面観音菩薩)


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