真言宗智山派笠置寺

京都府相楽郡笠置町笠置山
TEL 074395−2848

 笠置寺の創建は古い、すでに二〇〇〇年前から笠置山の巨岩は信仰の対象となっていた。この事は笠置山の中心をなす大岩石の前から弥生時代の有樋式石剣が発見されたことによってわかる、しかし実際に建物が建てられ人が住みついたのは一三〇〇年前である。
 一三〇〇年前東大寺の実忠和尚、その師良弁僧正によって笠置山の大岩石に仏像が彫刻されその仏を中心として笠置山全体が一大修験行場として栄えたのである。
 平安時代永承七年(一〇五二)以後世の末法思想の流行とともに笠置寺の大磨崖仏は天人彫刻の仏として非常な信仰を受けたのである。(磨崖仏は「歴史街道プロジェクト笠置町」に美しい写真があります)
 鎌倉時代建久二年(一一九一)藤原貞慶(後の解脱上人)が日本の宗教改革者としてその運動を笠置寺から展開するとき笠置山は宗教の山、信仰の山として全盛を極めた時であった。
 しかし元弘元年(一三三一)八月二十七日倒幕計画に失敗した後醍醐天皇を当寺に迎えたことにより攻防一ヶ月ついについに笠置山は全山焼亡、以後室町時代少々の復興を見たが江戸中期より荒廃、ついに明治初年無住の寺となった。
 明治九年丈英和尚狐狸の住む荒れ寺に住して笠置寺の復興につくすこと二〇年ようやく今日の姿となったのである。(笠置寺発行のリーフレットより)
(上の写真は怖ろしいほどの巨岩が積み重なる参道と正月堂)

 現在の笠置寺は信仰の山としてとともに、「太平記」で有名な史跡名勝の地として、多くのハイカーが訪れます。収蔵庫に納められた文化財を拝観した後は、正月堂、その横の重要文化財十三重塔をお参りし、修行場へまわります。ここには磨崖仏をはじめ、巨岩奇岩による「胎内くぐり」、「太鼓石」、「ゆるぎ石」、「平等石」、「蟻のとわたり」、「二の丸あと」、「貝吹岩」などの行場、史跡があり、お年寄りには少し辛いかもしれませんが、若い人たちには昔のアスレチックのようで楽しめるでしょう。この「ゆるぎ石」、「蟻のとわたり」からの下方に広がる眺めはすばらしく、疲れた体を癒してくれます。修行場の終わりのところには後醍醐天皇の「行在所」があります。全山を焼き尽くす激しい戦のあったこの山の中心は、何事もなかったかのように静かに佇んでいます。 (写真は修行場の太鼓石、この石の下のトンネルをくぐる、この巨石は叩くと不思議なことに太鼓のように響く)

 笠置町は全体が観光名所になっており、自然公園や、木津川の川原のキャンプ場、木津川を下るカヌー、とアウトドアで楽しめるところがたくさんあります。その他にも笠置温泉や名物のキジ料理がいただけるところもあるようです。なお笠置町については笠置町商工会・観光協会のホームページに詳細な案内がありますのでご覧下さい。


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