仏の香りを聞ぐ

 ほんの間近にいたけれど、全然気にも留めずにいた人が、あるときとても、大事な人であったという経験がありませんか。
 大切にしてた思い出の品が、全然見つからず困っていたのに、あるときひょっこり、それもいつも見慣れている、ほんの間近にあった思いがありませんか。
 そんなに近くにあるほどに、わたしたちは、いつもいつも遠くばかりを眺めて、ずっと近くにあるものを、近くにあればあるほど、全然見えなくなってしまうものですね。

自分にとって一番遠いもの
 さて、この世の中で一番近くにあって、一番わからないものは何でしょうか?
 それは、自分自身ではないでしょうか。何故なら、他人の姿は自分の眼でしっかりと見ることができます。他人の癖や性格も、それも悪いところばかりがよく見えるものです。でも、いざ自分の姿をきちんと見ようとしても、鏡を通さなければ全体の姿を見ることさえもできません。さらに、自分がどんな性格でどんな人間なのかも、他人の評価を通して判断するしかないのです。ましてや自分が何のためにこの世に生きているのか、なんてことは仏さましかお知りにならないのですから、まったくいやになってしまいます。
 かくいう私も自分のことを全然知らない人間でした。といっても、今でも自分がどんな人間なのか、よく分かってはいないのですが。

お不動さまに導かれ
 これをお読みになられている皆様方も、いろんな形でお不動さまとご縁を持たれて、お参りにこられているかと存じます。私自身、このお不動さまとご縁を持つことになるとは、まったく夢にも思っていませんでした。
 個人的ないきさつをくどくど書いてもしかたがありませんが、私という人間が僧侶として生きていくことへの自信、そして、そのきっかけを作ることになった四国八十八箇所遍路の修行へいざなって下さったのが、他ならぬあるお不動さまの力だったのです。
 それは、ちょうど六年前のことでした。それまで真言宗智山派の総本山に勤めていたのですが、私自身の傲慢さと行き違いが原因で、本山を去らなければならなくなってしまいました。
 本山をやめて、これからどこにいくあてもなく、これからどのように生きていこうかと悩んでいるときに、それまで何度か、ある大阪の祈祷寺の行事をお手伝いをさせていただいたご縁で、そこのご山主から暖かいお声をかけていただき、次の落ちつき先が決まるまで、しばらくお寺の厄介になることにいたしました。しかし、厄介になるといっても、正式な職員でもなく、次に決まった処へ行くまでの半分居候のような立場でありましたから、私自身、身の置き所がなく、かつまたお寺の職員の方々にもずいぶん気を使っていただいたように思います。
 そんな、気持ちもはっきりしないまま、お山で数日間過ごしていましたところ、ご山主から、
 「この山でふらふらしていても仕方がなかろう。八十八箇所遍路でもやってきたらどうか。」
 このようなお言葉をいただきました。
 自分自身も、どうも心の中にふっきれないものがあり、かつまた一度は四国八十八箇処遍路を一人で歩いてみたいと、常々思っていましたので、ご山主のお言葉をありがたく受けとめ、遍路へ行く決心をしたのです。

遍路に出てはみたものの
 お遍路の出で立ちというものは、だいたい、白装束に菅笠、そして金剛杖を持っている姿を皆さんはご想像されるかと思います。
 私の場合、やはり曲がりなりにも僧侶ですから、黒衣に饅頭笠、そして、錫杖といって、金のワッカがいくつか先についた杖を持つといったかっこうで出かけました。
 一応、四国に到着するまでは、乗り物を乗り継いで行くことにしましたが、まだ、二十代の後半であり、少しはまだ色気もありましたので、最初このかっこうで電車に乗ったり船に乗るのに、なんだかこっぱづかしい気持ちでいっぱいでした。しかし、人間慣れるとそれが自然に感じるのでしょうか、四国に到着し、一番札所の霊雲寺を打ちおわり、次の札所に向かうころになると、錫杖のつき方も慣れ、衣の裾も軽やかになり、身体に馴染んでくるのにしたがって、黒衣のかっこうも全然気にならなくなりました。
 かっこうは気にならなくなったのですが、札所について読経をしているとき、団体でお遍路参りをしているお婆さんたちから、手を合わせられたり、あるいは、そばに置いてある饅頭笠にお賽銭を入れられることがちょくちょくありました。
 まだまだ修行の身であり、ましてや人から手を合わせられるようなりっぱな人間でもありませんから、この時ばかりはさすがに、僧侶のかっこうが申し訳なく思い、また、袈裟を着けることがどれだけ責任の重いことかを実感させられました。

いつもお大師さまが・・・
 私にとって、この遍路修行をさせていただいて、何が一番ありがたかったかと申しますと、それは出家して、僧侶になった自分が本当に坊主としてやっていこうという自覚を与えてくれたことでした。
 それは四国遍路をしている最中のことでした。普段からあまり足腰を鍛えていない自分ですから、一週間も歩いていますと、いい加減足に疲れが溜まってきました。そのうち段々と足に痛みが走りだし、高知の足摺岬にある札所に向かう途中、とうとう足を引きずるようになってしまいました。それでも足を引きずって何とか歩いているうちに雨が振り出し、これ以上歩くのはだめか、と思ったときでした。やはり歩いて遍路をしている一人のおじいさんが通りかかり、自分の様子を見て、足の故障を直すためのつぼと、そのためのお灸をするもぐさを分けていただいたのでした。
さて、言われるとおりの処置をいたしますと、急には痛みはとれませんでしたが、だんだんと足の痛みも楽になり、なんとか札所にたどりつくことができたのでした。
 それまで、ただひたすら歩くのみの遍路でしたが、このように知らず知らずのうちに自分を助けてくれる人と出会うごとに、自分だけ歩いているのではない。何か大きな力に導かれて歩かさしていただいているのではなかろうか。そんな思いが心を占めるようになっていきました。
 よくお遍路さんの白衣に同行二人と書かれてありますが、こうして自分の足で歩いていくうちに、自分と一緒にお大師さんも歩いてもらっているのであり、まさに「同行二人」という言葉の意味が自身の体で体験することができたようです。
 弘法大師は『般若心経秘鍵』というご著作の中で、「それ仏法はるかにあらず、心中にしてすなわち近し」という言葉を残されています。「仏さまは、どこか遠くにあるのではなく、わたしたちの心の中におられますよ。」という意味ですが、わたしにとっての四国遍路は、そんなお大師さまの言葉を体験させていただく修行であったように思えます。そして、この経験は、私の仏の香りを聞ぐための旅の始まりなのかもしれません。

(金本 拓士記)


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